お絵かきのコーナー
(無断転載禁止!)
その98 高い空


「来ず方のお城の草に寝転んで空にすわれし十五の心・・・・」

グランドの脇の芝生の上に寝転んで、ぼんやりと秋空を眺めながら、
しのぶは受験勉強で覚えた短歌をなんとなく口ずさむ。
「石川啄木だったかしら」
十五の心ってところが、何となく好きだな、と、しのぶは思った。
十五の心、十六の心、十七の心・・・・。
永遠の十六歳、永遠の高校二年生・・・・。それは、ラムが、あたるの押し掛け女房となった日から始まった。
そして今、しのぶは、十七歳。高校三年生である。
受験一色に塗りつぶされた日々、時間管理局の稲葉君とのデートが、唯一の息抜きである。
今にして思えば、あの日、(何度目かの)高校二年の秋。
普段にも増して黒こげになったあたるが、
異常なほどに上機嫌なラムと一緒に登校してきた朝、永遠の高校二年生のループは断ち切られた。
その時から、彼らの時計は動き始めたのだ。
「もんのすごく痛かったっちゃ」
と、その時、ラムは、前の日の夜の出来事を語った。
それが、どのような痛みかは、十七歳になった今もしのぶにはわからない。
一応、社会人である稲葉君は、喫茶店でのお茶とたわいもないおしゃべりのあと、必ず門限までに、しのぶをうちに送り届ける。
しのぶがどんなに望もうとも、一線を越える事はない。
「もんのすごく痛かったっちゃ」
ラムは、言葉とは裏腹にとても幸せそうに語った。
『さぞや痛かったんでしょうね』と、しのぶは思った。
今のあたるの惨状を見れば、まさにその瞬間に発せられた電撃の強さから、ラムの痛みが推し量られるというものだ。
それにしても、その電撃に耐えながら、最後までいたす事のできたあたる君って・・・・
「なれじゃ」
あたるの声が聞こえたような気がした。
『ううん、それは、愛なんだわ。』
「おめでとう」と、しのぶは言った。
「ありがとだっちゃ」
その笑顔を見たとき、しのぶは、素直に、負けたと思った。
そして、その日から、しのぶの周囲が変わっていった。
まず、あたるが変わった。メガネ、チビ、カクガリたちとつるんで、子供っぽい遊びに興じる事が少なくなった。
むやみやたらに、女の子を追いかけ回す事もなくなった。
ラムに対しては、相変わらずつっけんどんな態度を取ってはいるが、気がつくといつも一緒にいるようになっていった。
面堂はと言うと、『友引高校に通う理由がなくなった』と、冬を待たずに転校していった。
温泉マークが、ある日突然、クラスメイトにその転校を告げた。
派手好きの面堂らしからぬ、しかし、ある意味面堂らしい素早さであった。
さくらさんは、長かった春に終止符を打ち、ツバメと結婚。友引高校を去っていった。
チェリーのテントのあった空き地には、ビルが建った。
浜茶屋の親父と竜之介は、修行の旅に出て帰らず、(噂では、呪泉郷で見かけたという)、
こたつネコは、ランちゃんのおでんを求めて、宇宙へと旅立っていった。
温泉マークがみんなの進路の事を口にし、校長が、半生記を出版し定年退職をした。
そして、高校三年生。しのぶは、ラムやあたるとは違うクラスとなり、校内で顔を合わせる事もほとんどなくなった。
『あの頃は、ほんと、楽しかった』
泣いたり怒ったり戦ったり,机でお手玉をしたりした日々が、夢のようである。
これで夢だったりしたら、「奇○組」だなあと、声に出さずにつぶやくしのぶ。
(ヤバいネタである)
もう不思議な事は何一つ起こらない。いや、起こりようがないのだ、としのぶは、思う。
『稲葉さん、優しいから・・・・』
絶対にしのぶの生活に波風を立てるような不思議な「未来を作ったりはしない」のだ。
いや、不思議な事だけではない。
現実の世界にありうるような危ない事も、何一つ起こらない。
彼女の未来は、平凡に受験をして大学に進み、就職をして結婚して退職、
男の子と女の子の二児の母になって、日々の暮らしに一喜一憂しながら、年を重ねていくのに違いない。
稲葉君は、しのぶを愛している。愛しているからこそ、大切に思っているからこそ、そのような未来を作るに違いないのだ。
日々の稲葉君の態度から、しのぶにはその実感があった。
『だけどね・・・』
このまま、何もない人生でよいものか、と、しのぶは思う。
別世界の彼女は、十数年ぶりに赤毛の相棒とともに、宇宙を駆け巡っているという。
『今回の衣装は、胸元のきゅっと締めるひもはいいんだけど、
胸元のロゴと、グローブのナックルパートとニーパットが、愛を語るのに向いてないと思うのよ』
と、声に出さずにつぶやいてみる。それは、文字通り、命がけの日々である。
この世界の彼女は、決してそんな事を望んでいる訳ではない。
けれども、不倫をして殺したり殺されたりとか、夫の借金のカタにAVに出たりとか・・・。
もしかして、そんなことがないとも限らないのが、普通の人生ではないのだろうか。
「よい、しょっと」
しのぶは、軽く掛け声を掛けて、起き上がる。スカートがまくれ上がって、パンツが見えているが、気にするそぶりはない。
とりあえず、この幸せを生きてみるのもいいかも知れない、と、しのぶは思う。
そのまま、この幸せに埋もれてしまうのなら、それもそれでいいかも知れない。
『でも』
と、しのぶは、思う。確かに、稲葉さんは、未来を作る力があるかもしれない。
けれども、それを選ぶのは私だし、生きるのも私なのだ。
『とりあえず・・・』
稲葉さんを誘惑してみよう、と思う。あの純情な常識派の殻を崩してみれば、新しい何かが見えそうな気がする。
夕焼けの空を映した、その瞳には若々しい力が満ちていた。
今回のSSはJ−Bさんがこの絵を見て書いてくださりました。

(*^人^*) 「とても雰囲気のよい作品をありがとうございました。」



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